2026年4月30日(木)の夜11時06分から、テレビ東京系「カンブリア宮殿」に、ちょっとユニークな兄弟経営者が登場します。パーティション(間仕切り)業界で国内トップクラスのシェアを誇る、石川県小松市のコマニー株式会社。その経営を担うのが、創業家3代目の塚本健太社長と、弟の塚本直之専務です。
コマニーは1961年に石川県小松市で産声を上げた老舗メーカーで、オフィスや病院、学校、工場、空港など、私たちの暮らしのさまざまな場所にパーティションを届けてきました。2025年12月期の連結売上高は約377億円にのぼり、見事に過去最高を更新。今では「間仕切り」という枠にとどまらず、空間の設計・提案から施工までまるごと手がける「間づくりカンパニー」として、業界をリードする存在に成長しています。
そんなコマニーの舵を取るのが、塚本健太社長(1978年生まれ)と弟の塚本直之専務(1981年生まれ)のおふたり。兄の健太さんは、なんとプロの音楽家を目指したという驚きの過去の持ち主です。しかし、ある出会いをきっかけに京セラグループへ入社し、経営の基礎をしっかり学んでからコマニーに戻りました。一方、弟の直之さんは大手電子機器メーカーでキャリアをスタートし、「祖父が創業し父が育てた会社で働きたい」という思いからコマニーに飛び込み、トヨタ自動車への出向でものづくりの現場も経験しながら、経営企画や研究開発の分野で腕を振るってきました。
歩んできた道はまったく違う2人ですが、毎週開かれる「2T会(2人の塚本ミーティング)」でしっかり対話を重ね、創業者から受け継いだ「人道と友愛」の理念を、今の時代にフィットするウェルビーイング経営へとつなげています。その姿は、まさに番組タイトルそのままの「異色の兄弟経営」と呼ぶにふさわしいものです。
この記事では、カンブリア宮殿の放送に先がけて、塚本兄弟の思わず「えっ!?」と言ってしまうような経歴をはじめ、コマニーが過去最高売上を達成するまでのストーリー、「間づくり」という独自のコンセプトの中身、そして兄弟で会社を率いていくための秘訣まで、番組をもっと楽しむための情報をギュッとまとめました。放送前の予習がてら、ぜひ気軽に読み進めてみてください。
コマニーとは?石川県小松市発・パーティション業界のリーディングカンパニー
1961年「小松キャビネット」として創業、間仕切り事業への転換秘話
コマニーの歴史は1961年、石川県小松市にさかのぼります。当時の社名は「小松キャビネット」。創業者である塚本健太社長の祖父が、事務用キャビネットの製造からスタートした会社でした。
ところが、完成品のキャビネットはかさばるわりに中身は空気。トラックで運ぶと輸送効率が非常に悪いという問題を抱えていました。さらに当時は、戦後の日本で次々とビルが建設される一方、壁や内装の施工が追いつかない時代。「パーティション(間仕切り)なら効率よく運べて、ビルの内装需要にも応えられる」という着想から、事業をパーティションへと大胆に転換します。1970年には社名を「小松パーティション」に変更し、全国へ販路を拡大。1980年には間仕切り業界で売上トップを達成するまでに成長しました。
売上高377億円超で過去最高を更新!パーティションで業界トップシェアの実力
コマニーの2025年12月期(第66期)の連結決算を見ると、売上高は約377億39百万円を記録し、過去最高を更新しました。営業利益も約14億92百万円と堅調な数字を残しています。
コマニーの強みは、オフィスだけでなく、病院、学校、工場、空港、トイレブースなど、あらゆる空間にパーティションを提供していること。さらに、単にパーティションを製造・販売するだけでなく、空間全体の設計・提案から施工までをワンストップで手がけるビジネスモデルに進化している点が、競合との大きな差別化ポイントです。従業員数は連結で1,260名(2025年12月31日現在)を擁し、名実ともにパーティション業界のリーディングカンパニーとしての地位を確立しています。
塚本健太(社長)の経歴が異色すぎる!サックス奏者志望→京セラ→3代目社長
星稜高校吹奏楽部でサックスに出会い、音楽のプロを目指した青春時代
コマニーの3代目社長・塚本健太さんは1978年、石川県小松市に生まれました。創業家の長男として「保育園の頃から後継ぎを意識していた」と本人が語る一方で、高校時代に運命的な出会いが訪れます。名門・星稜高等学校の吹奏楽部でサックスと出会ったのです。
東海大学経営工学部に進学すると、周囲には夢を追いかける仲間がたくさんいて、「サックスがうまい」とチヤホヤされるうちに、プロの道を志すことを決意。大学を中退して音楽の専門学校へ進みます。しかし、プロの世界は想像以上に厳しいものでした。精神的にどん底まで追い込まれ、音楽の道を断念することになります。
稲盛和夫「生き方」に感銘を受け、京セラグループへ入社
転機となったのは、父親からもらっていた一冊の本でした。京セラ創業者・稲盛和夫さんの著書「生き方」です。音楽の夢に破れ失意の中にあった塚本さんは、この本に深い感銘を受けます。父親は盛和塾(稲盛和夫氏が主宰する経営塾)で学んでいた縁があり、そのつてをたどって2006年に京セラコミュニケーションシステム株式会社への入社が実現しました。
京セラグループでは、東京で朝から晩まで働きづめの日々を過ごし、最終的には本社の管理部門で経営のノウハウを学びました。京セラフィロソフィーという有名な経営理念のもとで働いた経験は、のちにコマニーの理念を刷新する際の大きな土台となっています。
2009年にコマニー入社、2019年に41歳で3代目社長に就任
約3年間の京セラグループでの修業を経て、2009年にコマニーへ入社。経営管理部責任者、管理統括本部長、営業統括本部長、事業統括本部長と、社内の要職を次々に歴任します。2011年には取締役に就任し、2017年には専務執行役員へ昇格。そして2019年、41歳の若さで代表取締役社長に就任しました。
サックス奏者を夢見た青年が、挫折を経て京セラで経営の基礎を叩き込まれ、創業家3代目として会社のトップに立つ――まさに「異色」としか言いようのないキャリアです。音楽を本気で追いかけた経験があるからこそ、「夢中になれるものを見つけることの大切さ」や「本気で挑んだからこそ得られる学び」を深く理解しているのかもしれません。
塚本直之(専務)の経歴は?スタンレー電気→トヨタ出向→兄と共に経営へ
大手電子機器メーカーで実力を試し、25歳で家業に飛び込む
弟の塚本直之さんは1981年、石川県に生まれました。兄とは3歳差で、子どもの頃から「好きにしたらいい」と言われて育ったそうです。一方で「優秀でいなければならない」というプレッシャーも強く感じていたといいます。兄の影響で楽器を始め、大学時代には兄と同じバンドで活動していた時期もあったそうです。
大学卒業後は「自分の実力を試したい」という思いから、大手電子機器メーカーのスタンレー電気に入社(2004年)。しかし、いい成績を残してもどこかイライラが募り、しんどさを感じるようになります。「どうせ頑張るなら、祖父が創業し父が大きくしようとしている会社で生き生きと働きたい」――そう決意し、25歳でコマニーに入社しました(2007年)。
トヨタ自動車への出向で製造管理のノウハウを吸収
コマニー入社の決め手のひとつが、父から言われた「うちに入ればトヨタに出向して学ぶ機会がある」という言葉でした。実際に入社直後の2007年にトヨタ自動車へ出向し、日本を代表するものづくりの現場で製造管理のノウハウを徹底的に吸収します。
2010年にコマニーへ復帰した後は、製造管理部、経営企画部の責任者を歴任。2015年には執行役員・管理本部長に就任し、その後も経営企画本部長、東南アジア事業部長、研究開発本部長、経営企画開発統括本部長と、経営の中枢を幅広く担ってきました。2024年には取締役専務執行役員に就任し、兄と二人三脚でコマニーを牽引しています。
コマニーを牽引する「塚本兄弟」プロフィール比較
| 項目 | 兄:塚本 健太(つかもと けんた) | 弟:塚本 直輝(つかもと なおき) |
| 役職 | 代表取締役社長 社長執行役員 | 代表取締役副社長 副社長執行役員 |
| 生年月日 | 1978年(昭和53年)生まれ | 1981年(昭和56年)生まれ |
| 出身地 | 石川県小松市 | 石川県小松市 |
| 主な役割 | 「ビジョン・戦略」担当 経営方針の決定、ブランド構築、対外的な発信 | 「実務・組織」担当 製品開発、製造現場の指揮、社内組織の最適化 |
| 経営スタイル | ウェルビーイングやSDGsを軸とした「未来志向」 | ビジョンを形にするための「実行力・現場主義」 |
| 入社までの経緯 | 他社での修行を経て2004年入社 | 兄と同様、外部企業での経験を経て入社 |
| 性格・タイプ | 情熱的なリーダー、ビジョナリー | 冷静な実務家、兄を支える最強のパートナー |
兄弟経営の秘訣:毎週2時間の「2T会」とは?
兄弟で会社を経営するとなると、意見の衝突や方向性のズレは避けられません。実際に塚本兄弟も、かつてはそれぞれ営業と企画・製造を分担していた時期があり、会議で「結構バチバチやってしまった」こともあったそうです。自分の組織の利益を守ろうとするあまり、ぶつかってしまう構図に陥ったのです。
この反省から生まれたのが、役割を分担するのではなく「同じ問題をそれぞれの視点で見て議論する」というスタイルでした。そして、兄弟のベクトルを合わせる仕組みとして始まったのが「2T会」です。
「2T」とは「2人の塚本(Tsukamoto)」の頭文字。毎週月曜の夕方に2時間、兄弟だけで話す時間を設けています。会社の課題や悩みを共有するのはもちろんですが、プライベートの何気ない話をしている中でこそベクトルが合っていく感覚があるのだとか。さらに、父(会長)と叔父を含めた「4T会」は毎月3時間。この定期的な対話の場は、50周年の理念刷新プロジェクトが始まった頃から15年以上にわたり、一度も途切れることなく続いているそうです。

兄弟同士って、やりやすいところもあるけど、やりにくいところもあるよね。でも、ちゃんと対話の時間をかけているところがすごいな!
組織の「効率」を求めて役割分担するのではなく、同じ目線に立って「価値」を高めていく――。コマニーの兄弟経営が順調な理由は、この地道な対話の積み重ねにあるのかもしれません。
「間仕切り」から「間づくりカンパニー」へ!コマニーが目指す新たな空間の価値
2018年に社内ワークショップから生まれた「間づくり」の発想
コマニーは長年「パーティション(間仕切り)」のメーカーとして成長してきましたが、近年は自社のことを「間づくりカンパニー」と表現しています。この言葉が生まれたのは、2018年に行われた社内ワークショップがきっかけでした。
「お客様はなぜパーティションを買うのか?」と突き詰めて考えたとき、それは空間を仕切ること自体が目的なのではなく、その空間の中で人が生み出す価値――ミーティングで生まれるアイデア、工場でつくられる製品、病院で提供される医療――のために間仕切りが必要とされていることに気づいたのです。つまり、自分たちの仕事は「間を仕切る」のではなく「間をつくる」ことなのだと。ワークショップでこの言葉がポロっと出てきた瞬間、「間づくりカンパニー」というコンセプトが誕生しました。
塚本健太社長はこの考えをさらに発展させ、「間」とは2つ以上ある事柄の関係性のことだと定義。「間違い」「間抜け」「間が合わない」など、世の中の問題は「間が悪い」ことで起こる。だからこそ「間づくり」をしていけば、困っている人たちを幸せにできる――。パーティションメーカーの枠を超えた、壮大なビジョンがここにあります。
創業者の社是「人道と友愛」を受け継ぐウェルビーイング経営
コマニーの経営を語るうえで欠かせないのが、創業者が定めた5つの社是です。創業間もない1960年代後半、優秀な社員が競合他社に次々と引き抜かれるという危機に直面した創業者は、「会社には本質的な魅力が必要だ」と痛感。そこで生まれたのが、「我等の精神は人道と友愛である」に始まる5つの社是でした。
中でも注目すべきは5番目の「我等は余暇を楽しみより豊かで幸福な人生を送るべきである」という一文です。高度経済成長期の日本で、労使対立が激しく「とにかく必死に働く」ことが当たり前だった時代に、社員の幸福を正面から掲げた先見性には驚かされます。現代で言う「ウェルビーイング経営」の精神を、60年近く前にすでに表現していたのです。

会社の利益だけを追求するんじゃなくて、働く人の幸せを考えるなんてすごいなぁ!
2011年の創業50周年には「全従業員の物心両面の幸せを追求すると同時に、人類社会の進歩発展に貢献する」という目的を明確化。60周年には一度絞っていた5つの社是をすべて復活させました。時代がウェルビーイングや社会貢献を志向するようになった今こそ、この5つがすべて必要だという判断からです。創業者の理念が、3代目の兄弟によって現代に受け継がれ、さらに進化し続けています。
まとめ 「コマニー塚本兄弟」を見逃さないで!
サックス奏者という夢を追いかけ、挫折を味わった兄の塚本健太さん。大手メーカーで力を磨きながらも、「祖父が始めた会社で生き生きと働きたい」と家業に飛び込んだ弟の塚本直之さん。歩んできた道はまったく違うおふたりですが、だからこそお互いの強みを認め合い、補い合いながら、石川県小松市の老舗パーティションメーカーを「間づくりカンパニー」へとアップデートさせてきました。その物語は、まさにカンブリア宮殿にぴったりのドラマではないでしょうか。
2025年12月期の売上高は約377億円と過去最高を更新し、会社としての勢いも十分。「間を仕切る」から「間をつくる」へと事業の意味をやさしく捉え直し、創業者から受け継いだ「人道と友愛」の社是を、現代のウェルビーイング経営というかたちで大切に育てている姿は、経営者やビジネスパーソンの方だけでなく、「自分らしい働き方って何だろう?」と考えているすべての方にとって、きっと温かいヒントになるはずです。
放送は2026年4月30日(木)の夜11時06分から。TVerでの見逃し配信もありますので、気になった方はぜひチェックしてみてくださいね。塚本兄弟の「異色の兄弟経営」、きっと見応えのある回になると思います。


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